「よし、終わった。」心臓をバクバクさせながら臨んだ、外国人シェフ相手のそば打ちデモも始まってしまえばあっけないもので、2回目のデモが終わった時には安堵感と後悔とで身体の力が抜けました。
講習の前半は15時半から18時半のデモ、後半は19時から22時までの実習。この長時間をどのように進めていったらいいか、私とサブを務めてくれた佐江子さんは何度も先方に行き、打合せをしましたが、流れが今一つ読めず、時間が足らないのか、余るのか不安でした。
教室に行き、気持ちばかりを焦らせながらデモの用意をしていると、今回通訳をして下さるMさんから、1)「生徒に伝わり易くするために短いセンテンスで説明をしてほしい。」2)「いろいろな質問をしてくると思うのでできる限り対応をしてほしい。」この2つを笑顔で言われ、少し緊張がほぐれました。
「起立、礼、お願いします。」で始まったそば打ち講習。まずはだしを引いて、つゆを作り、そしてそば打ちのデモです。
厚削りを見て「それは何ですか?私の知っている鰹節と違います。」「これは鰹節を厚く削っています。」
「昆布は入れないのですか?」「好みです、今日は入れません。」
「ラーメンの手打ちはありますか?」「あまり聞かないですね。」
「水回しをしている時は何を考えていますか?」「そば粉の色の変化を見ながら次の工程を考えています。」
「変わったかたちのそばを見ました。写真を写しましたがそばでしょうか?」「ああこれは《そばはっと》といって…」
等々、面白い質問に答えていると、あれ? 延した生地の周りが少し割れてきている、ああ~どうしよう、時間をかけたからだ。私は今回のデモでは『絶対に破らない』『四つ出しは真四角に』の2つはキッチリやろうと決めていました。途中までは良かったのに…。でも気を取り直して延していくと今度は調理台の大理石の模様が生地の下に見えてきて、ええっ!心臓がドキン、延しを思わず止めしまい、さらっと延してたたみました。結果はすこし厚めでがっかり、大理石が見えてくるのは想定外で、今さら練習不足を悔いても仕方がありません。情けない。
倒れそうになりながら質疑応答をしている間に、佐江子さんは手際よくそばを油で揚げ、サッと塩をまぶして「そばスティックです」と皆に勧めてくれました。
「美味しいですか?」
「はい!おいしい。でも足りない!」
「それではお代わりを揚げましょう。」
追加のそばを揚げて振る舞う頃には私も開き直り、立ち直ってきました。すると責任者のシェフに「あと40分あるのでもう一回そばを打ってくれませんか」と耳打ちされ、何か名誉挽回のような気がして急いで用意をしました。シェフたちも調理台の周りに集まって興味深げに見入っていました。今度は前回よりも時間をかけずに打てて、四つ出しで丸から四角になった時には「ワオ!」と言ってもらい、切りもまずます、運も引き寄せて自分の力を出せたような気がしました。
さあ、私の任務はもう終わったも同然、これから後半はシェフたちにそば打ちを教えるのですが楽しもうと決めていました。もうこんなチャンスは二度とないし、フレンチ仕様の厨房でそば打ち、普通ではありえない光景です。
さて、14人のシェフは陽気ですが、やはり真剣でした。ここができないと質問をしてくるシェフ、納得がいかないと何度もそばを茹でている女性シェフ、器用な手つきで山葵を擦るイケメンシェフ。パスタ作りは得意だかそばは難しいと嘆くシェフ。皆勉強熱心でした。
ヨーロッパ、アジア、アメリカと世界中から選ばれて日本料理を学びにきた彼らは8月末までここで調理実習をして、その後は半年間料理屋さんの現場で修業、そしてそれぞれの祖国に帰り日本料理店を出す。大きい夢を持った若いシェフたちに思わずエールを送りたくなりました。
平成28年8月26日
日本橋そばの会
会長 横田節子