Archive for the ‘そばだより’ Category

新年のご挨拶

2020-01-01

  新年 明けましておめでとうございます

       今年も皆様のご多幸をお祈りいたします

 

昨年は、地球温暖化による、世界規模の天候不順が起き、残念なことに日本でも大きな災害をもたらしました。場所によっては、蕎麦の収穫にも大きな影響が出ました。

今年は、東京オリンピック、パラリンピックのある年です。色々な国の人が集まります、国際的にも日本の蕎麦文化を広めたいです。そのためにも今年も皆様と一緒に楽しく、そばを打ち、友好を深め、そして、広めていきましょう。

今年も、良い年でありますようにお祈り申し上げます。

 

令和2年 元旦

              日本橋そばの会

               会長 兼城 健

新年のご挨拶

2018-01-01

明けましておめでとうございます
良い年でありますように
皆様のご多幸をお祈り申し上げます
今年も 「蕎麦」の文化に親しみ それを通じて人と人との輪を広げ
楽しく 蕎麦を打ちましょう
皆様のそれぞれのペースで蕎麦打ちの研鑽をし
美味しい食べ方を研究し
お互い 気楽に交流を深めたいと思います
今年もよろしくお願い申し上げます

平成30年 元旦
日本橋そばの会
会長 兼城 健

さざんか

2017-12-31

「さざんか さざんか さいたみち

たき火だ たき火だ おちばたき」

 

師走になりますと、季節感の乏しい都会の片隅にもひときわ鮮やかなさざんかが咲いています。そんな光景を見ていますと、子供のころに歌った童謡を思い出します。

「さざんか さざんか さいたみち たき火だ たき火だ おちばたき」

私の中では、師走とさざんかが重なっているようです。

それにつけても年々、月日と時間が経つのが早くなって困りますね。

 

「 2017 年」― 私は何をしたのでしょうか。

まずは、慌ただしさに紛れて大好きなそば打ちがあまりできなかったことは、猛省です。

それでも、そばを通じてたくさんの出会いがありました。これには感謝です。

とくに、今までそばとあまり縁のなかった若い方たちや、外国の方々ともお話をする機会に恵まれましたことはいい体験でした。

そばと縁のなかった若い方たちやそばよりうどんを食べていた人たちから、「そばってこんなにおいしかったの?」という嬉しい言葉を聞かされました。

そして、そば打ちを初めて見て、体験し、恐る恐る食べてみる外国の人。でも、食べた後は必ず笑顔になっていくのが、殊の外嬉しく感じました。

 

私は、こんなそばファン作りがとても楽しいのです。だからずっとそばに関わっているのだと思います。もちろん、これからも関わりは続けていきたいと思います。

 

さて、今日は大晦日。今年ご縁のあった人たちに感謝をしながら、極上のそばを打ちましょう。

 

平成 29 年 12 月 31 日

横田節子

 

土三寒六常五杯

2017-12-15

これでもか! と渾身の力を延し棒に伝えて延してもツツゥーと戻ってしまううどん生地、何度練習しても満足のいくうどん打ちができず、難しい。
昨年、仏料理学校ル・コルドン・ブルーからの依頼で日本料理教室のそば打ち講座の話を頂き、良い経験をしましたが、今年も嬉しいことにご案内を頂きました。でも内容を見て気分が一瞬で曇りました。今回は 11 月にそば打ち講座、 12 月にうどん打ち講座がセットになっているのです。
さあ困った、うどんは自信がない。一人悩んで周りに相談すると「うどんは簡単じゃない?」と笑いながら言い放つのです。
確かに簡単そうではありました。以前うどん打ちの達人から 2 度ほど習いましたが、その時は楽しく、達人のサポートの下に美味しいうどんを作りましたが、技術の習得はおろか何も覚えておりません。
今回は講座ですからまず受講生の前でデモをして、質問に答えて、最後は教える…。と一連の流れを講師らしくこなさなければなりません。
どうしようか悩んだ末、まずうどん教室に通いました。教室に行っても習う目的は講師がどのように教えるかをしっかり覚えるつもりでした。でも数回しか通えず、中途半端な習得になってしまい、あとは自己練習のみ。資料については、幸い一緒に行ってくれるスタッフが本を貸してくれたり、文献をコピーしてくれたりしてたくさん集まりました。うどんの歴史、文化、科学的な事など、資料を読んでいくうちにうどんについてうすぼんやりしていた知識が少しずつはっきりしてきました。
讃岐では「土三寒六常五杯」 ― 最初に印象に残った言葉です。これは塩水を作る加減を言い表した言葉で、「塩 1 に対して土用 ( 夏 ) は水 3 杯、寒 ( 冬 ) は 6 杯、常 ( 春秋 )5 杯の割合にする」としています。夏は濃い塩水で、冬は薄めでという事、現在の塩は塩分が濃いのでこの割合ではないのですが、この言葉のようにうどん打ちは打つことの技術より季節によっての塩と水の割合、寝かし方で出来上がりが違い、その見極め技術が美味しいうどん作りには重要という事が分かってきました。
さて、俄作りの知識を頭に詰めて講座に突入しましたが、実習ではやはり延しで苦労しました。まだまだ到達地点は遠いようです。切り揃えたうどんをバットに入れる作業をもう少しスムーズに、そしてうどんらしい美しい並べ方を練習しよう、今後の課題です。


 
興味津々の生徒さんたちはアジア系の若い人たちで元気いっぱい、そば講座でも一回会っているので親しみやすく英語、日本語、中国語が入り混じる楽しい講座になりました。この「土三寒六常五杯」をボードに書いて説明すると皆頷いて聞いていました。生徒さんたちは半年をかけて日本料理を学んでいるので出汁についても理解が深く、今回私が作った讃岐うどん風の出汁の煮干しも混合削りも、白醤油も全部知っていて「煮干しがいい味ね!」と、感想を教えてくれたのには驚きました。実習での足踏みは楽しそうに、延しは苦労して、切りは真剣に挑戦していました。

講座は午後 3 時半から始まり 9 時半までと長い時間に渡るので、私たちもそれなりに疲れました。帰り道、代官山駅のプラットホームで私たちは今日の講座の感想を話しましたが「仲良くなったあの生徒さんたちとはもう会えないね」と一人がつぶやくと「でもあの生徒さんたちは一生今日の事は忘れないよ」と一人が言いました。私はその言葉を聞いた時、胸の何かがストンと落ちていきました。そうだ 、 私はこういう形で日本のそば・うどんを世界に紹介しているのだと分かりました。
平成 29 年 12 月 7 日
日本橋そばの会
横田節子

モンゴル視察旅行で

2017-11-01

半年前に日本橋そばの会の会長を辞し、自分ではけじめと思い会長日記の掲載を止めました。知人に「もう書かないのですか」なんて言われ、少し嬉しく、少し物足りない日々の中、やさしいHP担当は「会長日記」から「そばだより」に項目を変え「いつでもどうぞ」とさり気なく用意をしてくれていました。
それでも暇かと思えばそうでもなく全麺協の海外視察の担当を任され、何と今年は8月、10月と2回もモンゴルへ行き、そばの普及活動をしてきました。8月は打合せに、10月はそば祭りの開催でした。モンゴルは内陸特有の気候条件の厳しい国ですが、豊かな自然と地下資源に恵まれ、若い力でこれから発展をしていく勢いのある国だと感じました。
そのモンゴルで、そば祭り開催に当たり、私は宣伝のためモンゴルUBS放送局のテレビに出演しました。8月の打合せでそんな話はぽつぽつ出ていましたが、10月ウランバートルに着いてから急に話が具体的になり、2時間番組でそば打ち体験の講師とか、そば打ちのデモをするとかの話が出てきたので、外国のテレビだから誰も見ていないだろうと覚悟を決めて、「何でもやりますよ」と答えました。
さて決まったのは朝8時20分からの生放送トーク番組。さあ、困った、着ていく服がない、何しろトランクの中はそば打ちの道具や装束だけで、よそ行きの服は持ってきませんでした。「そば打ちの装束で良いですか?」と聞くと「OK!」と、これは前日の夜の話、ぶっつけ本番の予感がしました。
翌朝ホテルフロント待ち合わせは7時半、緊張しながら朝を迎え、時間通りに車に乗り込み、放送局へ向かいました。放送局はすぐ近くと勝手に思いこんだのですが結構遠く、道は悪く、車の揺れできれいに打って生舟に入れた生そばは舟の中で哀れな乱れた列になってしまいました。

列が乱れたそば

スタジオに入っても打合せはほとんどなく、出演者は司会者、今回のそば祭りを主催する会社MADグループのセンゲ社長、通訳のセレンゲさん、そして私と4人です。急いでテーブルに玄そば、むき身、そば粉、生そばを並べ、脇にそば殻、そば殻枕も置きました。簡単な自己紹介で直ぐに番組がスタート、司会者は当然ながらカメラに向かって何かしゃべりだしました。もちろん私は何を言っているか全然分かりません。そして私に向かい何か質問をし始めました。私は分かったふりをして頷きニコニコ、セレンゲさんが流暢に通訳し、私は日本語で答える、これをまたモンゴル語に通訳という事を続けました。そのうち、自分が何を言ったか、言いそびれたことはないか、頭の中がグルグルしてきました。今度は司会者がセンゲ社長に質問、社長は何やら熱弁を振っておられました。私は隣で頷きニコニコ、顔がしまいにはこわばってきました。

スタジオ風景

結局思い起こすと、全麺協の紹介と今回の来訪の理由、日本のそばの歴史、そばの健康効果を話したようです。途中でテーブルの上にあるそば殻枕に気が付き、「あ!そうだ、そば殻の話をしていない、どうしよう」とニコニコしながら落ち着かず思い悩んでいました。そばは殻まで無駄がないという事を話したかったのです。その時、きれいな女性がコーヒーを一人一人にサービスし、私にそば打ち歴などを質問してきました。白のそば打ち装束、帽子まで被っているので私を巨匠とすっかり勘違いをしたようです。冷や汗をかきながら答えました。
そして今度は運ばれたたコーヒーを飲むべきか悩み、隣をそっと横目で見るとセレンゲさんは手を付けていません。「そうだ、もし飲んでむせたり、こぼしたりしたら大変、飲むのは止めよう」心の中で決めました。40分間の番組が長かったのか短かったのか緊張をしていたので未だに分かりませんが、終わって飲んだコーヒーは甘かったのを覚えています。
放送が終わりセレンゲさんにそば殻枕の事を説明しなかったと告げると「大丈夫ですよ、センゲ社長が全部話しました」と教えてくれました。私は準備不足のまま、最後まで番組の内容も分からず、聞かれたことだけ答え、その上、少し勘違いをされ、変な外国人だったと思います。でもいい経験をさせてもらいました。

スタジオ風景

翌日からの2日間のそば祭りでは宣伝の効果はあったようで、飛ぶようにそば殻枕が売れていました。また大勢の来場者の中に日本のテレビで紹介されたモンゴルに住み、ハチミツ採集の仕事をしている日本人女性が来られ、名刺交換をして、日本での再会の約束をしました。美味しいそば屋に行きたいとおっしゃっていました。モンゴル視察旅行、39人と大勢の旅行でしたが大きなトラブルもなく、まずは好評のうちに終わりました。来年はどこに行くのかな、楽しみな海外視察です。

平成29年10月30日
日本橋そばの会
横田節子

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