これでもか! と渾身の力を延し棒に伝えて延してもツツゥーと戻ってしまううどん生地、何度練習しても満足のいくうどん打ちができず、難しい。
昨年、仏料理学校ル・コルドン・ブルーからの依頼で日本料理教室のそば打ち講座の話を頂き、良い経験をしましたが、今年も嬉しいことにご案内を頂きました。でも内容を見て気分が一瞬で曇りました。今回は 11 月にそば打ち講座、 12 月にうどん打ち講座がセットになっているのです。
さあ困った、うどんは自信がない。一人悩んで周りに相談すると「うどんは簡単じゃない?」と笑いながら言い放つのです。
確かに簡単そうではありました。以前うどん打ちの達人から 2 度ほど習いましたが、その時は楽しく、達人のサポートの下に美味しいうどんを作りましたが、技術の習得はおろか何も覚えておりません。
今回は講座ですからまず受講生の前でデモをして、質問に答えて、最後は教える…。と一連の流れを講師らしくこなさなければなりません。
どうしようか悩んだ末、まずうどん教室に通いました。教室に行っても習う目的は講師がどのように教えるかをしっかり覚えるつもりでした。でも数回しか通えず、中途半端な習得になってしまい、あとは自己練習のみ。資料については、幸い一緒に行ってくれるスタッフが本を貸してくれたり、文献をコピーしてくれたりしてたくさん集まりました。うどんの歴史、文化、科学的な事など、資料を読んでいくうちにうどんについてうすぼんやりしていた知識が少しずつはっきりしてきました。
讃岐では「土三寒六常五杯」 ― 最初に印象に残った言葉です。これは塩水を作る加減を言い表した言葉で、「塩 1 に対して土用 ( 夏 ) は水 3 杯、寒 ( 冬 ) は 6 杯、常 ( 春秋 )5 杯の割合にする」としています。夏は濃い塩水で、冬は薄めでという事、現在の塩は塩分が濃いのでこの割合ではないのですが、この言葉のようにうどん打ちは打つことの技術より季節によっての塩と水の割合、寝かし方で出来上がりが違い、その見極め技術が美味しいうどん作りには重要という事が分かってきました。
さて、俄作りの知識を頭に詰めて講座に突入しましたが、実習ではやはり延しで苦労しました。まだまだ到達地点は遠いようです。切り揃えたうどんをバットに入れる作業をもう少しスムーズに、そしてうどんらしい美しい並べ方を練習しよう、今後の課題です。
興味津々の生徒さんたちはアジア系の若い人たちで元気いっぱい、そば講座でも一回会っているので親しみやすく英語、日本語、中国語が入り混じる楽しい講座になりました。この「土三寒六常五杯」をボードに書いて説明すると皆頷いて聞いていました。生徒さんたちは半年をかけて日本料理を学んでいるので出汁についても理解が深く、今回私が作った讃岐うどん風の出汁の煮干しも混合削りも、白醤油も全部知っていて「煮干しがいい味ね!」と、感想を教えてくれたのには驚きました。実習での足踏みは楽しそうに、延しは苦労して、切りは真剣に挑戦していました。
講座は午後 3 時半から始まり 9 時半までと長い時間に渡るので、私たちもそれなりに疲れました。帰り道、代官山駅のプラットホームで私たちは今日の講座の感想を話しましたが「仲良くなったあの生徒さんたちとはもう会えないね」と一人がつぶやくと「でもあの生徒さんたちは一生今日の事は忘れないよ」と一人が言いました。私はその言葉を聞いた時、胸の何かがストンと落ちていきました。そうだ 、 私はこういう形で日本のそば・うどんを世界に紹介しているのだと分かりました。
平成 29 年 12 月 7 日
日本橋そばの会
横田節子